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■ 森の伝説



||||| 栗花落の井戸 |||||

奈良時代の末、淳二天皇のとき、丹生山田生まれの山田左衛門尉真勝という人が朝廷に仕えていました。
ある日、真勝は左大臣藤原豊成の次女の白滝姫の姿を一目みて、たちまち姫が好きになってしまいました。豊成には長女として中将姫と白滝姫とは賢さと美しさで、都のうわさの人でした。

  水無月の稲葉の末もこがれるに 山田に落ちよ白滝の水

 この歌に対して、白滝姫は次のような歌を返しました。

  雲だにもかからぬ峯の白滝を さのみぞ恋ひな山田男の子よ

真勝はまじめな人でしたので、天皇はその人柄につね日頃から感心しておられました。
この二人の歌のやりとりをお知りになった天皇は、なんとかして真勝の思いをとげさせてやろうと、自らその仲立ちに立たれました。
そして、白滝姫を説得してこの二人を夫婦になさいました。真勝は喜び勇んで白滝姫を山田の里へつれ帰りました。
白滝姫は都の高貴な生活から一度に田舎のひなびた土地に来たために、生活になじめず心のうかぬ日がつづきました。そうしているうちに一人の男の子が生まれました。しかし、白滝姫の気持ちは変わりませんでした。

三年の歳月がたち、白滝姫は病の為にとうとう亡くなってしまいました。
真勝は悲しみにくれました。姫の霊をなぐさめようと、屋敷の内に姫をまつる弁財天の社を建てました。この社の前に池を掘りましたが、この池に毎年の梅雨の季節には清水が湧き出て、日照りの時でも涸れることがありませんでした。
村の人々は、この清水によってうるおいました。これは白滝姫の霊威によるものだとして、人々は、この清水を「栗花落の井戸」とよび、白滝姫をしのびました。栗の花が落ちる季節が梅雨なので、「栗花落」で「つゆ」とよませたといいます。